「女性に対する暴力をなくす運動」期間が11月12日から始まりました。ドメスティック・バイオレンス(DV)には、身体的暴力だけでなく、精神的暴力も含まれることが、近年広く知られるようになりました。
一方で、精神的暴力の中でも「サイレントモラハラ」という言葉は、あまり十分に浸透していません。モラルハラスメント(モラハラ)や不機嫌ハラスメント(フキハラ)の一種であり、「無視する」という行為もその典型例です。
弁護士ドットコムには、夫から数カ月にわたって無断外泊を繰り返された女性からの相談が寄せられています。連絡や直接の話し合いを一切拒まれて、無視されているそうです。
女性は離婚も視野に入れているといいますが、サイレントモラハラを理由に離婚することはできるのでしょうか。男女問題にくわしい有本喜英弁護士に聞きました。
●サイレントモラハラ」とはどんなものか
──「サイレントモラハラ」とはどのような言動を指すのでしょうか。
DV(ドメスティック・バイオレンス)は、殴る・蹴るといった身体的暴力や、大声で怒鳴る、人格を否定するなど精神的暴力(暴言)といった、比較的わかりやすい言動を伴うことが多いとされます。
これに対して、サイレントモラハラは明確な暴力や暴言がないまま、次のような行為が継続される状態を指すとされています。
・相手を意図的に無視し続ける
・話しかけても返事をしない
・ため息をつくなど、常に不機嫌な態度をとる
・睨みつける、ドアを強く閉めるなど、威圧的な態度をとる
直接的な暴言や暴力がないため、被害者が「自分が我慢すればいいのかも」と感じてしまい、問題が表面化しにくい点が特徴です。
●離婚理由として認められる可能性は?
──サイレントモラハラを理由に離婚はできますか。
サイレントモラハラは、外から見えにくい被害であるため、離婚を考える場合には
(1)法的に離婚理由として認められるのか
(2)その被害をどのように立証するのか
という2つの点が大きな課題となると考えられます。
裁判で離婚を求める際には、法律で定められた離婚理由(法定離婚事由)が必要です。サイレントモラハラは、このうち「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当するかが焦点となります。
これが認められるためには、サイレントモラハラによって婚姻関係が「どの程度破綻しているか」を客観的に立証することが求められます。
つまり、「相手のせいで夫婦生活をこれ以上続けられない」という状態を証拠に基づいて示す必要があります。
●立証のために残しておくべき証拠
──裁判を見据える場合、どのような証拠を記録しておくとよいでしょうか。
暴力であれば、ケガの写真や診断書、暴言であれば、録音やメール・LINEの履歴などが有力な証拠となりえます。
しかし、サイレントモラハラは「無視」や「不機嫌な態度」といった行為が中心で、客観的な証拠を残しにくいのが実情です。
だからこそ、地道に事実を積み重ねることが重要になると考えられます。具体的には次のような方法が考えられるので参考にしてください。
(1)詳細な日記・メモをつける
いつ、どこで、相手からどのような態度をとられたか、どのような言動があったかを、できるだけ具体的に記録します。その時どう感じたか、精神的にどのような影響があったかも書き添えるとよいでしょう。被害にあった時だけではなく、「日々」継続して記録することで、その行為が一時的なものではなく、執拗かつ継続的であったことを示す資料となる可能性があります。
(2) 第三者への相談履歴を残す
家族や友人、公的な相談機関に被害の実態を相談しておくことも重要です。その際、「LINE」や「メール」など、相談した日時や内容が形に残る方法にすると、相談した事実自体が、被害の存在を裏付ける証拠の一つとなりえます。
(3)医療機関の診断書
相手の継続的な行為による多大なストレスで、精神的な不調をきたしたり、体調を崩されたりした場合には、速やかに医療機関(心療内科など)を受診してください。そのうえで、医師に状況を説明し、診断書を取得しておくことが考えられます。
(4)動画による状況の記録
具体的な暴言がなかったとしても、「常に不機嫌な態度をとられている」「威圧的な様子を見せられている」といった状況は、音声だけの録音では伝わりにくいものです。可能であれば、動画で撮影することで、その場の雰囲気や相手の態度がより客観的に伝わる証拠となる可能性もあります。
サイレントモラハラを理由に離婚が認められるかどうかは、これらの証拠をもとに「婚姻関係の破綻」をどこまで具体的に立証できるかにかかっています。
写真はイメージ(kotoru / PIXTA)
●「見えない暴力」も軽視してはいけない
──11月12日から25日まで「女性に対する暴力をなくす運動」の期間です。
サイレントモラハラのように、目に見える傷や明確な言葉がないために「暴力」として認識されにくい精神的な被害も、決して軽く見るべきではありません。
こうした運動が、今まさに声を上げられずに悩んでいる人にとって、ご自身の状況を見つめ直し、勇気を持って一歩を踏み出すきっかけとなることを願っています。
もし今、無視や威圧的な態度に苦しみ、体調を崩すほど追い詰められている場合は、ひとりで抱え込まず、家族や友人、公的機関、あるいは弁護士などの専門家に相談してください。
声を上げることが、ご自身を守り、解決へ向かうための第一歩となります。